【株式会社日本リスクマネージメント(JRM) 】 海外旅行トラブルニュースNo.28
 
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 お守りが役立つ時 海外旅行保険
[目次]
病人にされてしまった老人治療・救援担保特約条項
海外医療支援協会 酒井 悦嗣

     
 
病人にされてしまった老人
 
     

 両親の面倒を見ていた社員が海外駐在の辞令を受けた場合に、ほとんどの親御さんは日本に残ることを希望されるようである。しかし、親御さんの年齢が上がれば上がるほど赴任した人の心配は絶えない。テレビでこのような方を支援する活動が、『海を越えるケアの手』との名称で紹介されていたが、本件は、親御さんを米国に呼び寄せた後に発生した出来事である。

 商社マンのA氏は、日本に残してきた母親のEさんのことが気になっていた。82歳であり、元々それほど丈夫ではない。夫人も近くで面倒を見てあげたいと言ってくれるので、この春にニュージャージーの自宅に呼び寄せた。久しぶりに家族に囲まれてうれしそうなEさんではあったが、全くなじみのない地で、好きなテレビも言葉がわからない、新聞も読めない、家事を手伝おうにも日本と勝手が違うと大変なストレスであったようだ。このため体調を崩し、その後手の振るえにしゃっくりが止まらなくなったことに加えて過呼吸症候群になり、とうとう救急車を呼ぶ事態に至った。ERの医師は、家族の話を充分に聞かずに、言葉が通じない恐怖感から奇声をあげたEさんをアルツハイマー症候群と診断して入院治療を開始した。家族が帰った不安から再び奇声を発すると精神異常と判断されて鎮静剤を注射され眠らされた。それにより失禁したEさんは、看護師からおしめをあてられた。これがEさんにとっては恐怖の増強になった。このため食事もできなくなり一層弱ってしまい、『意思表示のできない寝たきりの老人』として扱われてしまった。

 A氏夫人より報告を受けた保険会社のニューヨークデスクでは重篤なケースと判断し、患者が老人であることから提携するアシスタンス会社に日本人パラメディックの派遣を要請した。女性パラメディックは日本と現地の薬剤師の有資格者でもある。医師からのレポートにある『昏睡状態のアルツハイマー』と思って病院を訪問したものの、家族の話からレポートの内容に疑問を持ち、確認のため直接Eさんの病室を訪れた。パラメディックが日本語で話しかけるとEさんは、鎮静剤の影響があるものの意思表示はできるし、腕で支えると起き上がることもできる。おにぎりと味噌汁を用意すると少しずつではあるが食べることができた。パラメディックは詳細な報告をA氏と保険会社に行った。保険会社ではA氏と検討した結果、現地の主治医はEさんとのコミュニケーションが充分に取れておらず、このままではEさんがもっと悪化してしまうと判断し、日本へ搬送し、入院治療を継続することにした。

 本件は、家族の説明を充分に聞かず、英語のわからない生活習慣の違う患者を理解しないまま『自分達の判断に間違いはない。』と考える現地医師と看護師が治療を行う病院から日本の病院への救出劇となった。

 最も困難なことは、自信を持って判断している担当医の説得であった。努力をしたものの、担当医らがアルツハイマーではないことと精神異常ではないこととを最後まで納得することはなかった。患者が自己の意思を明確に伝えることが当たり前の国において、医師に全ての判断を委ねて治療してもらうことが当たり前の国(日本)から行った人が時として陥る医療文化的錯誤である。82才まで日本から出たことのないEさんが体調を崩して気弱になったときに、異なる環境の中で自己の主張と表現ができないまま、誤診されてしまったのである。

 このため、日本へ医療搬送することに病院側の協力は得られず、A氏とEさんの同意を得て保険会社側のスタッフだけで救急車で空港まで運び定期便に搭乗、ビジネスシート利用でパラメディックが付き添って帰国した。日本に帰国することになったEさんは、病院を出てから搬送中も落ち着きを取り戻し、おかゆもしっかり食べていた。医薬品は全く使用せず、日本語とEさんの心を大切にするケアのみで帰国搬送は順調に経過した。帰国後ご自宅近くの病院に入院されたが、Eさんは数日で元気を取り戻して退院され、以前の暮らしに戻られた。A氏より感謝を込めた報告があって本件は終了した。


海外旅行保険 治療・救援担保特約条項


Quick Study !

ワンポイントレクチャー
お支払いできる主な場合
  • 治療費用・入院費等
  • その病院での治療が困難なことにより他の病院へ移転するための費用
  • 保険金請求に必要な医師の診断書の費用
  • 国際電話等通信費および入院に必要な身の回り品購入費(限度額有
  • 3日以上の入院で3名までの救援費
  • その他

(尚、詳しくは、ご契約の保険約款をご参照ください。)

Q & A
Q::

本件の治療費はいくらかかりましたか?

A::

およそ600万円でした。

Q::

救援者費用としてはいくらかかりましたか?

A::
ご本人さんを運ぶ費用約200万円とA氏ご夫妻の救援者費用約52万円の合計252万円でした。 

 

一言。  
医学のレベルが高いといわれる米国でも、科学技術としてのレベルと、患者が受ける医療を提供する人・環境・施設とその運用方法とは別個のものです。これを医療文化と呼ぶと、海外渡航者が知らなければならないものは、医学よりも医療文化といえます。いざというとき、日本人にとって最も安心して医療を受けられるのは日本です。慣れた環境は精神をリラックスさせる、このリラックスできることが、けがや病気の回復のためには重要な要素であると思います。病気やけがを治すのは、医療技術や施設と医薬品だけではないといえるでしょうか。 




2006/12/15

つづく

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病人にされてしまった老人治療・救援担保特約条項


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