医学の先端研究分野でも、実際に患者の治療を行う現場でも、米国の医療の質とレベルは高く評価されている。しかし、日本の医療文化と米国のそれは類似点もあるが差異もあり、実際には似て非なるものが最も大きな問題を生んでいる。 そのあたりを以前ロサンゼルス在住の日本人医師で日本メディカルクリニック院長のDr. Ueda から伺った。

昨今後期高齢者の保健制度の中にあるかかりつけ医の制度と米国のファミリー・ドクターとは似ているが考え方は大きく違う。これは一例であるが、本稿では医師の資格を取るまでの教育課程から具体的治療の仕方まで触れてみたい。

米国では、通常自分の専任医師を選び、日本ではファミリー・ドクターとして一般的に理解されている主治医(Primary physician)契約をする。この医師が入院、あるいは専門医への相談など様々な医療サービスを受けるときに 患者にとって最も大切なパートナーとなる。この主治医は患者の健康維持のための措置(Health Care)の全体に対して最終的な責任を負っている。この業務を担う医師になるには大学を卒業後約10年の訓練期間を過ごす。大学4年間でリベラルアーツと呼ばれる教養学部の過程を卒業した学生が、4年生の医科大学で医学の学位(MD)を取得する。その後、実際に医療に携わる州のライセンスを取得し(カリフォルニアでは更に1年の訓練期間を課せられ)、そのあと専門科目の臨床訓練(residency training: 通常3年から4年)を行い、試験をパスしなければならない。その後さらに2年の追加研修期間を経て専門分野の専科大学の評議委員(fellowship)に選ばれる資格が生ずる。

これは医師の名刺をもらうと明確に記載されている。たとえばMDの資格を取得した大学を ABC University School of Medicine と記載され、専門分野の試験に合格した免状が ABC College of Surgeons と記載され また専科大学の評議委員に選ばれていると Fellow of ABC College of Surgeons と記載されているので、名刺だけでも簡単な経歴はわかる。

しかしMDだけが医療行為を許されているのではなく、例えばカイロプラクターは異なった教育、訓練を受けたものとして許されている。 これは日本の柔道整復師の制度とは全く違う。つまり医療補助行為ではなく全く別の医療行為として認定されている。従って日本の海外旅行保険で問題とされる医師の指示の有無は、米国では医師(MD)が出すものではなく、どちらの治療を選ぶかは患者の権利であるとされている。

健康保険制度は、被保険者(患者)と保険会社の間で結ばれるものであり、通常患者が立て替えて支払った医療費を自身で保険会社に請求するのが通常である。つまり、医療機関は治療費を患者に請求し、患者はこれを支払う義務を負っているのである。 平均的な米国の医療機関では保険会社に直接請求を行わない。何故ならば医療機関は保険会社と契約がないからである。 このため日本の海外旅行保険を販売する会社は、日本人顧客がよく利用する医療機関と直接請求を認める業務委託契約を別途結んでいる場合が多い。これは日本の保険会社の顧客サービスの一環であろう。

具体的治療に関して米国の医療機関との間で発生する問題に公衆衛生法による治療方針の違いがある。具体例としてツベルクリン検査(PPD皮膚テスト)が陽性で胸部X線検査が正常という患者の場合がある。日本では継続的経過観察が求められるが、米国ではINH(抗結核菌医薬)の12か月間投与を義務付けられる。これは法律上の義務である。したがって日本人が渡航前に予防接種後の陽性の証明を医師に発行してもらう場合には 抗結核菌医薬投与の必要がない旨詳しく記載してもらい、トラブルを避ける必要がある。

また、日本で普通に行われている急性虫垂炎の場合の抗生物質を静脈内注射による措置は認められていない。腹腔内視鏡による緊急虫垂炎除去手術が標準の措置であるという。他には皮膚の色素沈着病害に対する処置も異なっている一例である。日本では経過観察を行うが、米国では4mm以上の色素沈着症は検体の採取テストが必須である。これは、色素の沈着した悪性腫瘍は米国における4番目の死亡原因となっているためである。

治療の考え方や処置方法の違いの他、治療費算定基準の考え方が大きく異なる点もあげられる。日本は国民皆保険制度があり、健康保険診療報酬は一元的に診療報酬点数が決められ、どこの医療機関でも、同様の治療や処置であれば原則として同じ金額で算定される。 米国では、州により大きく差があり、また医療機関や医師により異なるのが通常である。 

米国では保険会社が診療報酬を決める方法は、マグロウヒル社が発行しているマニュアル(Relative Value for Physicians) から得られたRVUに変換係数をかけたものである。保険会社各社はこの変換係数を個別特殊性や地域に応じて予め決めているが公表はしていない。

日本の保険会社と米国の医療機関で、同様の治療や処置で隣の医療機関と請求金額が異なることが原因で見解の相違が発生し、同額にすることを求める日本の感覚とこれに異を唱える米国医師の、主張の対立するところである。米国では、医師により診察料が異なることが当たり前であると理解する必要がある。また、大都市が必ずしも高いとは限らない。統一的基準を大切にする日本的な考え方からすると理解が難しいところである。これは、別の稿で述べるが脳死判定の基準でさえも病院ごとに違いがあり、それを当然と看做す文化が米国の社会にはある。

本項が日米の医療文化に予め違いのあることを理解して、いざという時に適切な判断をされる位置助となれば幸甚である。 

以上  

2008/5/26

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