最近の事例で日本の大都市でも救急医療が必要な患者がたらい回しにあったと問題になっているが、これは医療費の問題で発生したものではない。また、本稿の『その1』で海外の(外国人向け)医療機関は営利産業であると述べた。外国の私立医療機関が営利を追求することは基本的に国によって異なるものではなく、経営主体の考え方であるのかもしれない。しかし患者にとっては、いざという時に最も適切で必要な医療が受けられることが重要なのである。

 社員旅行でタイのプーケットを訪れたT社の一行15名は、フリータイムを利用してピピ島に行くオプショナルツアーを現地旅行社から購入した。(出発前の日本の旅行会社の担当は海外旅行保険の必要性を再三説明し、漸くT社長が決断して会社契約の全員加入となった。)現地旅行会社は一度に15名の申込みは珍しく、大変喜んで添乗員を1名付けての出発となった。高速船で行くツアーは午前中晴天と穏やかな天候に恵まれ快適に進み、楽しい一日を過ごした。しかし、夕方プーケットに戻るときには風が強くなり、海上は白波が立つぐらいになっていた。

このオプショナルツアー中に幹事のAさんは添乗員のヴィタヤさんと気が合って様々な話をしたが、何気なく海外旅行保険に皆加入してきたことも話した。ヴィタヤさんは旅行会社の立場として保険に入っているお客さんに何か起きた時は安心だ、と言っていた。この何気ない話が、のちに大ケガをした社員のSさんを助けることになると、このときには未だ気がつかない一行であった。

ピピ島からの帰路、高速船は高波にあおられて水面上船首が高く上がったかと思ったら、次の瞬間水面に叩きつけられるように落ちた。乗客達は一瞬体が宙に浮いたかと思った直後床に叩きつけられるように殿部を打ちつけた。 幸い4名を除きほとんどの乗客はショックを受けたものの治療を必要とはしなかった。しかし4名のうち2名は腰椎圧迫骨折であった。その1名はタイ人、1名はT社のSさんであった。丁度乗り合わせたタイ国軍の衛生兵であった人が状態を確認し脊椎損傷を疑い背中を固定して、船長に速度をおとして衝撃を与えないようにプーケットまで運ぶようアドバイスした。船長はこれに従い無線で事態を本社に報告し、同時に救急車の手配も依頼した。プーケットの港に到着して救急車に乗せられたSさんは、もう一人の重傷患者と同じ公立病院に運ばれることになっていた。その直前、高速船から救急車に搬入しようとしていた救急隊員に添乗員のヴィタヤさんが患者氏名と年齢等の報告に加え「Sさんは日本からの旅行者で大きな保険にはいっているよ。」と言った。このことが救急車の中で主任に報告され、急きょSさんは搬送先を私立病院に変更された。保険に入っている外国人は(高い医療レベルと最新の設備の)私立病院に運ぶことが多いという。  

病院のERにてCT検査の結果第4・5腰椎圧迫骨折で、主治医は椎体の損傷が激しく保存的処置がとれないと判断された。 このため前方固定術と呼ばれる金属プレートで腰椎関節を支えてボルトで固定する手術を受けた。医師団の適切な判断と処置によりSさんは、結果的に麻痺等後遺障害を残さないで済んだ。日本にいると、救急車に乗せられたときに治療費の支払い能力の有無で搬送先医療機関等が変わることなどは考えられない。ホームレスでも同じけがであれば同じ治療がなされる。しかし、海外では日本の常識は時として通用しない。このときSさんの治療費は日本までの医師付き添いの搬送費用を含めて¥3,124,164.-であった。後でわかったことであるが、Sさんたちの乗った船会社の補償は日本円にして最大で30万円ほどであるという。救急隊員が最善の治療を患者に受けさせたいと思っていても、治療費の負担能力を無視して高い医療レベルの私立病院に搬送することはできないであろう。これは実際にあった事例をもとに状況を述べているが、医療文化の違う海外で、営利産業のひとつとして医療が成り立っている国で、いざという時に身を守るためのヒントになれば幸甚である。 

以上  

2008/11/25

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