2009年3月、メキシコにインフルエンザ様の患者が発生したとのニュースが現地で流れ、その後WHOから「豚インフルエンザ」の人への感染と発表された。 その伝染力の強い感染症は「新型インフルエンザ」と特定されたが、その後米国カナダでの患者発生のニュースが出てから4月24日前後の新聞・テレビで一斉に報道され、世界の関心事となった。4月28日にはWHOがPhase 3からPhase 4への移行を発表し、4月30日にはPhase 5となった。なぜこれほど短時間に進んだかについて、専門家は人の移動の速度と量によるものと見ている。

かつて、感染症は風土病としてその土地で発生していたが、そこに永く住む人々は免疫を持っていて重症化しないものであった。そこに、よそから来た人は免疫を持っていないために罹患すると重症化する。また旅人が罹患して治らないうちに移動を続けることにより、その先で疫病となって流行したものが多い。人の移動が新しい感染症をもたらすことは有史以来続いていることであるという。渡航医学の専門家で独法)海外勤務健康管理センター所長代理の濱田篤郎先生の書かれた『旅と病の三千年史』にそのあたりのことが詳しく書かれている。近代における人の移動には、欧州列強の植民地経営があり、米国のアフリカからの奴隷の移送があった。また、同様にその大きなものの一つに軍隊の移動があった。

戦争における軍人の死亡原因が病死よりも戦闘による傷害死が勝ったのは、日露戦争が初めてであったという。理由は感染症医学と渡航医学の進歩であったといわれる。それ以前は戦死よりも戦病死がより多かったのである。

人の移動は異文化との接触、交流を進めてそれぞれの文化の発達をもたらし、経済をはじめ、芸術や科学技術等多方面の交流をもたらす。その反面、感染症も伝わる。リスクマネージメントの観点から見て、得るものの大きさと、失うものの大きさを比較すると、国際間の交流を一切停止して感染症を予防する策は取り得ない。また、江戸時代に鎖国をしていても感染症は入ってきていたのである。従ってリスクの削減のためには渡航者が、予防接種やワクチンで防御をしてから渡航することが重要である。日本人は、欧米人に比較して予防接種やワクチンをしている例が極端に低いことが統計に出ている。副作用や後遺障害等事故率の極めて低いワクチンでも、一旦事故があるとマスコミが大騒ぎをして、その結果強制接種をやめてしまう事例がみられる。これは社会の安全を守るために、不幸にして犠牲になられた人には公的な保障を用意して償うとする考え方と対極にある。カナダ(欧米)において永く予防接種・ワクチンの強制接種を続け、撲滅したと思われていたところへ、予防接種をしていない日本から渡航した高校生が発病してはしかの発生源となり、土地の人々に脅威をあたえた日本の修学旅行の一行が現地で厳しい非難の目で見られたのは、その一例であろう。

ワクチンや予防接種の開発されていない今回の新型インフルエンザについて、多くの専門家はそのウィルスは弱毒性であり、合併症のある人や特別な人を除いては重症化しないといわれている。 一度かかってしまえば免疫ができるため、米国のインターネット上で「早く罹って免疫を持つパーティーを開こう。」とする意見もあったほどである。これは冗談としても、日本のマスコミは不必要に騒ぎ過ぎであるという識者は多い。

この新型インフルエンザに罹患したとき、海外旅行保険ではどのように取り扱われるのかを解説すると、保険期間中でかつ海外旅行行程中(責任期間中という)に発病したものの治療費用はすべて約款に従い疾病治療費用保険金額を限度に支払われる。保険約款上は、感染したのはいつか、ではなく発病(感染が感染症に至った段階)がいつかで支払いの可否が判断される。また、帰国後発病したものについてはこれと異なり、責任期間中に感染したものについてのみ、責任期間終了後72時間以内に医師の治療を開始したら、その病気の治療費は全額支払われる。では、72時間を超えて医師の治療を受けたものはどうなるか、これは全く支払われないのである。例外として保険約款疾病治療費用担保特約条項の別表に記載されている26の感染症については30日以内に医師の治療を開始すれば治療費全額が支払われる。これは潜伏期間が長いと考えられる疾病を保険会社が約款の中で例外として定めたことによる。例えば、サーズ(重症急性呼吸器症候群)や高病原性鳥インフルエンザもこれに含まれる。

しかし、豚インフルエンザは新しいウィルスで、未だ各保険会社は海外旅行保険約款特約の例外の別表に含めていない。従って今、世界で流行中の新型インフルエンザは責任期間終了後72時間以内に医師の治療を開始しない限り、保険からは支払われない。潜伏期間が3日より長かったら責任期間中に感染していても保険からは支払われないのである。

これについて各保険会社が約款特約の中の別表の感染症群に将来含める可能性はあるが、現状では上記説明で理解されたい。従って、帰国後多少でも症状があったら早め(72時間以内)に医師の診察を受けておくことをお勧めする。 後日重くなればその後の治療費も含めて保険の支払い対象となるし、勿論その一回の受診だけで回復した場合でもその治療費は支払われる。

(筆者ひとこと)
新型インフルエンザには、恐れずに立ち向かいましょう。
今生きている人類は長い歴史の中で多くの病気や次々の発生する新しい病気と闘い続けて、勝ち続けた人々の末裔ですから。
なお、感染症全般に関する出発前のリスクマネージメントとして、渡航医学の専門医とご相談の上、行き先別に十分な予防接種とワクチンを行い、病気になったら早めに医師の治療を受けることがあなたを守ります。では、楽しいご旅行を。


以上  

2009/5/25

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